2023年9月15日に公開、監督・脚本:岡田麿里『アリスとテレスのまぼろし工場』の感想・レビューです。内容的にネタバレも含みますので注意してください。
アリスとテレスのまぼろし工場
恋する衝動が世界を壊すというキャッチフレーズが印象的な作品。製鉄所の爆発を窓から見た少年たち。永遠の冬に閉じ込められた少年・少女の物語。
アリスとテレスのまぼろし工場 感想
引き込まれる序盤
序盤の話の引きこみ方がうまい作品だと思いました。何気ない日常シーンでも、何やら不穏な要素を匂わせ、何が起きているんだろうと自然と引き込まれていく作品でした。
割と序盤は、新しく出てくる情報に振り回されながら、なぜ?なぜ?と頭の中で反芻して話を追っていましたが、その一つ一つがきちんと説明されていくので、話に置いて行かれることはなく、きっちりと内容とそれぞれのキャラクターの感情を思い描きながら見ることができました。
ドロドロするけど最後はスッキリ
序盤・中盤と、それぞれのキャラクターはドロドロという形容がふさわしい悩み、迷いがあり、それ故に互いを傷つけてしまったり、自ら傷ついてしまったりで、見ていてつらくなるシーンもちらちら。特にヒステリックにも思える睦実の表現はきつくもありました。このあたりは、岡田麿里監督・脚本という感じがすごく出ている。しかし、物語が終盤に行くにつれて全てが明らかになると、睦実の感情もそうもなるよなと納得できてきて、その裏にあった想いが伝わってくる点がよかったです。
何よりこの題材でラストには、不思議とスッキリとした着地を見せてくれたのが素晴らしいと思います。
非常にねっとりとした序盤・中盤はかなり好みが分かれる気もしますが、ここでの各キャラクターの苦しみがしっかり描かれたからこそ終盤の展開でそれぞれの気持ちがくっきりと感じられたように思えます。
タイトルについてはちょっと疑問
些細なというか、割とどうでもいい話です、がこの映画には、アリスもテレスも出てきません。アリストテレスとアリスとテレスをかけているのかなと思ってみていたのでちょっと意外でした。『アリスとテレスのまぼろし工場』というタイトルから想像する内容とは割とギャップもある作品。
アリストテレスとの関連は作中でも触れられるので、素直に『アリストテレスのまぼろし工場』とかでもよかったのかなという気はします。
今作の評価:鋭い感情が心に刺さる
評価:
登場人物は変わらない世界で、大きなストレスを抱えて生きている。だからこそ、時に激しい言葉や、行動にそれぞれの感情が現れる。見ているとなんとなく心が痛むシーンも多い。でもその痛みがあるからこそ、その奥にあるそれぞれの本当の気持ちも強く際立つ作品だったと思います。
見ているとただ楽しいだけの作品ではなく、ジメジメとした感情があふれるシーンも多い。ですが、最後には不思議とスッキリとした感覚が待っている。人によっては苦手という人もいそうですが、個人的にはすごく引き込まれる作品でした。
ここからちょっとネタバレ強めの感想
山の神様
神様が宿るとされる山から鉄鉱石を掘り出し、鉄工所で加工している。長い年月を経て、鉄工所自身に神が宿ったという設定は面白かったです。
結局、佐上が言っていたように天罰だとかは、佐上自身が状況を操りやすくするための方便だったようです。山の神自身も事故により廃れ行く地元の記憶を残しておきたくてまぼろし工場を作ったという考えが正しいのかは不明ですが、単にあの世界を維持したかっただけというのは感じられました。
変わらない世界での話のギミック
話全体のギミックにすっかり騙されていました。五実の真実が明らかになることで、登場人物の姿が変わらないがゆえにわからなかった、彼らの経験していた長い年月が明確になるあたりが面白かったです。
特にヒロインの睦実のワンシーン描かれた娘と共にいる未来の明るい姿は、本編での睦実との大きなギャップがありました。永遠に終わらない冬の中、それだけの年付きを変わらない世界と自分だけが知る事実の中で苦しみ変わってしまったのではないかという気もする。
あの世界は、叔父さんの奮起により少し長続きするようになりました。しかし、そのまぼろしの世界もきっといつか消えてしまうかもしれない。しかし、それでもこの人たちは終わりを前にしてもきっとまっすぐに生きていくんだろうなという気がして気持ちよく見終わることができました。
そして、五実自身についても、かなりの年月をまともな教育もなく過ごした野生児といった感じで現実に戻って大丈夫なのかと思っていました。しかし、その点もエピローグできっちり成長している姿が見られて安心できました。あの終わり方だからこそ、寂しさを感じつつも気持ちよく映画館を去ることができたと思います。
愛の強さ
終盤の色ボケた友人、叔父さんの裏切りあたりはこのタイミングでかー!となりました。しかし、それもそれぞれが変わらない世界で抑えていた気持ちを解放して、思うままに動いたという事でもあります。それぞれがやりたいようにやるゆえに、皆が皆同じ方向を向けるわけではないですが、そこにあるそれぞれの気持ちは決して後ろ向きな思いではなく、皆それぞれが前を向いて頑張っていたという事がわかった気がします。
個人的には最後の睦実の五実に対する宣言がすごかったです。あのラストシーンの流れ、あのシーンできっちりと五実に対して言い切ったことで、睦実の正宗に対する気持ちの強さ感じられてよかったです。
コメント
この作品は一見、難解に映るが故に低評価され易いですが、理解力がある人間が考察していくと誰もが思春期に根差したアイデンティティを持ち、その傲慢性故に現実の中で過去と現実の狭間の中で心を惑わせている様を描いた秀逸な物語である事に気付かされる名作だと気付かされる作品だと思います。エンタメでなければ良作として評価されない昨今の軽薄な風潮に全力で挑戦した作品として私も高評価させていただきました。主の見る目に僭越ですが同意ですね。物語の多少の整合性の違和感は現実とアイデンティティの間を行ったり来たりを繰り返す(まぼろしの様子)の一表現だとして解消しました。アリスとテレスは答えの無いムダに繰り返す思春期的心の惑いを表現してるのかな。
感想ありがとうございます。本作においては、まぼろしという世界、明日があるかわからない状況であるがゆえに、終盤大人までも思春期の想いに大きく動かれるというのがあまり他では見ない表現な気がして面白かったです。
アリスとテレスの解釈については、見た方それぞれに色々ありそうな気がしますね。
アリスというと不思議な世界にも迷い込んでしまった五実のダブルミーニングなのかなとも思いましたが、それだけだとテレスが謎ですね。
監督の次回作にも期待したくなる作品でした。