映画 ドールハウス 感想
矢口史靖監督、2025年6月13日に公開された『ドールハウス』の感想・レビュー記事です。
本編のネタバレも含むため未視聴の方は注意してください。
ホラーなのか？と疑いながら見始めた
この映画を見に行くとき、私はそもそもこの作品がホラーなのかと疑っていた。公式サイトでは、監督の作品が『スウィングガールズ』や『ウォーターボーイズ』といった青春ものをアピールし、雰囲気もわかりやすくホラーではない、PVなどでもホラーっぽさはありながらも、話の中心にある人形のアピールに尽くす。
そして、その極めつけは、本作の紹介文にあるドールミステリーという言葉。敢えてホラーという言葉を使わないあたりが、ホラーっぽく見せかけた作品なのだろうと思わされてしまっていた。正直、本当にホラーなのか？と興味を引かれたのが本作を見に行く大きな理由でもあったので、私はこのプロモーションの方針に見事にはまっていたことになるのだろう。
いよいよ、映画を視聴すると、冒頭から娘を失うシーンはなかなかに悲痛で見ていて心に来る。とはいえ、まだその段階では人形と絡むことで娘を失った傷から回復する感動ものなのではないかという考える余地は十分にあった。
しかし、話が進んでくると、これは間違いなくホラーを目指した作品であることがわかってくる。しかし、まだ人形が悪いと決めつけるには少しずつ足りないもどかしさを含んだまま話が進む。
娘が嘘をついている、母親がおかしくなっている、ホラーであっても本当は人間が一番怖いというサイコスリラー的な作品なのでは？という可能性をも見せてくる。このあたりも、あえてドールミステリーと紹介したが故に頭に浮かんできた可能性だと考えると、本作のプロモーションのうまさが響いていたのかもしれない。
そして、いよいよ人形の悪意が顔を見せてきたことで、本作が純粋な人形ホラーであることがわかるのであった。
希望を持たせてからの突き落とし方が秀逸
本作は緊張感とそこから解放される安心感を与えてくる話の波の作り方が秀逸な作品でした。常に怖いだけではなく、お焚き上げであったり、幻覚であったりと、度々そこから抜け出し一度はすべて終わったのでは？と思わせる流れを作ったうえで、再び人形がまだ健在であると見せる緊張とその開放の波の作り方がうまい。
この波がある故に、緊張パートでの怖さがきちんと感じられ、ホラーとして非常に丁寧に作られているように思える。そして、その怖さの波は、当然話が進むほど高くなっていく。最初は、ささやかな嫌な予感程度が続くのに対して、終盤にいけばいくほど、その実害が見えてくるという流れが恐怖を引き立てていくようでよかったです。
ホラー映画と言えばジャンプスケア。個人的こういう演出は苦手なのですが、本作ではそれ自体はあるもののむやみにそれを多用せず、要所要所、恐怖の波が高まる瞬間にぶつけてくるというのもなかなか良い感じでした。
そして、この恐怖の波の落差を一番うまく使ったのは本作のラストシーン。一度すべてが終わり日常に戻ることができた…と思わせてくる。
そこからの一連の流れは、娘の写真故にピンチに陥り、最後はその写真を砕いて逃げ出すという展開が挟みこまれたことで、本作でずっと主人公を縛っていた最初の娘を殺してしまった罪の意識からの解放を意味しているように見せてきたのが秀逸。
娘への罪の意識からの本当の意味の解放と、死んだ娘が最後に親を助けてくれるというラストは、本作の全体を通してのテーマの解決ともいえ、まさにハッピーエンドへの導入。ホラーと言えば、結局呪いは解けませんでしたとか、バッドエンドなオチが多い中でこういう終わり方も悪くないと思わる説得力のある展開。
しかし、本作はそこで終わらない。全てが終わったハッピーなエピローグの中に一つだけ大きな違和感を放り込んでくる。なぜかこの両親、娘を乳母車に乗せているのだ。この時感じた違和感は、それまでの登場人物たちが主人公の家に向かう中でどんどん肉付けされていく。
そして、乳母車に乗っていたのは…と明かされる中、最後車の中にいた本当の娘が、両親に大声で呼びかけるシーンが本当に痛々しく見ていてつらい。そもそも、子供を連れて見に行く映画ではない気がするが、仮に彼女と同じぐらいの年頃の子供がこのシーンを見たらトラウマになってしまうのではないかと思ってしうほどでした。
二段底という言葉がふさわしいこのラストでは、まさに本作のタイトルであるドールハウスが完成する。言われてみるとそこまでドールハウスというタイトルに見合うほどの展開はなかった中、最後の最後でタイトルの回収まで果たすというのもよく考えて作られているように思えました。
そういえば、娘が車に乗っているシーンを見た時は、一瞬何故娘が車に乗っているのか？と思ってしまったのだが、1週間連絡もない、という話に合ったように、島に向かった際に祖母の元に預けられてそのままずっと祖母の元にいたということなんでしょうね。
人形が望んでいたのは優しい親
本作を見終えて色々と考えているうちに、人形が害を与えてきていたたのは、自らに害を与える行為と、親から自分を引きなそうとする相手にだけだったことに気付く。
自分を傷つけた娘の友達への攻撃や、新たな娘の誕生により母が自分への興味を失うのを嫌いその立場を欲っし、自らを不気味な人形として認識し雑に扱う祖母に対しては強く敵対する。そして、自分を売り払おうとし家族から引き離そうとした男に対しては容赦のない攻撃。
彼女は少なくとも親が自分を娘として扱う間は一切の危害を加えていない。つまるところ、この人形の目的は最初から最後まで優しくしてくれたお母さんの娘になりたいというだけだったと考えるとなかなか残酷なお話でもある。
おそらく、人形は最初は娘の代わりとして購入されそれゆえに主人公を母だと認識し愛を求めたのだろう。彼女が行った本当の娘の立場を奪うという行為は、決して許されるものではない。しかし、本当の母親には邪魔に思われ、殴られて、挙句の果てに殺されてしまった人形は結局優しい親を求めていただけだったというのは、なかなかつらいところもあるお話でした。
最後には理想のドールハウスを作り上げた人形ですが、周囲はその異常な状況に気づいてはいるというのも面白いところ。人形に対抗する力を持った人形専門の除霊士の男も、その状況に気付いていることから結局彼女のドールハウスは壊されてしまうという可能性も十分ある。とはいえ、あれだけの力を持っている人形が、素直にそれを許すわけもなく…といった感じで単なる絶望しておわりというわけではなくその後何が起きるのか色々考える余地があるラストというのも面白かったです。
ホラー好きに見てほしいホラー
最初から最後まで常に見入ってしまい退屈する暇のない面白い作品でした。特に終盤の二段底な終わり方は、序盤の母のトラウマに繋がった洗濯機、娘の写真というくだりを使うことでハッピーエンドに繋がる説得力を強めたうえで落としてきたというのが素晴らしい。
ホラーの演出も、匂わせる部分をじっくり見せたうえで答え合わせのように結果を見せてくるので、本作がプロモーションで推しているゾクゾクという言葉の意味もしっかりと感じられました。
個人的にはPVや公式サイト、それまでのプロモーションの雰囲気も含め、果たしてホラーなのか？とつい思ってしまう気持ちで楽しめたというのも大きかった気がする。ネタバレ全開な感想記事の最後で書くのもあれですが、本作は色々と事前情報のプロモーションを見たうえで作品の流れを妄想し、ネタバレなしで見に行くのが一番楽しめる作品なのかなという気がしました。
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