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士倉依織の真意 最後のオチの意味? 報道番組に映った、謎の11秒 感想・考察【雨穴】

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2026年4月25日にYoutubeで配信された雨穴による映像作品『報道番組に映った、謎の11秒』の感想と考察記事です。ネタバレも含まれますのでご注意ください。

報道番組に映った、謎の11秒

雨穴さんによる新作の映像作品。今回は、オモコロでのテキスト版も公開されており、NHKでは制作の裏側を描いたドキュメンタリーが放送されるなど、各種メディアで展開される作品のようです。この記事では、感想と主にラストのオチに絡む考察を書いていきます。

謎の11秒

そんな今回のお話は、18年前である2008年にテレビで放送された、『未解決事件を追って~瀬村家事件の謎~』という番組に差し込まれた、謎の11秒の映像の謎を追うという物。

依頼人は、士倉依織という人物。ドキュメンタリー専門のディレクターとのことで、尾坂辺耕三なる人物が作ったこの番組の謎の11秒を雨穴さんに調べてほしかった、とのことです。

11秒という短い雑な穴埋め、そこから急な穴埋めをするしかなかったのではないかという発想。そこから明らかになる事件の真実など、話がコロコロ転がっていく様は面白い。意味の分からない叫び声が、事件の鍵であると明らかになるあたりは、そのタイミングで明かされた情報がぴたりと頭の中でパズルがはまっていくように感じられ、シナリオの進行と読者の体感の一致が、読者の感情を盛り上げるのに一役買っているようでした。

ただ、ミステリーという作品で考えると、雨穴さんの視点でしか作品を追う事ができないが故に、重要な情報が抜けたまま話が進んでいくため、途中で視聴者自身が事件の真相にたどり着ける時間があまりないように思える。事件自他を読者が読み解きながら楽しむという方向で考えると、少し勿体なさもあるように思えました。

そんな今回のお話、雨穴さんの作品だと定番の栗原さんへのお願いもありましたが、何やらテレビが嫌いという考えから、基本的には協力を拒否されてしまう、という流れがありました。ただ、それでもなお、連絡があれば都度答えてくれる栗山さんの、なんだかんだ手伝ってくれている面倒見の良さにちょっと笑ってしまう。

つっけんどんで容赦ない言葉をかけてくる栗原さんですが、雨穴さんの無遠慮さと合わせると絶妙な関係になっているのがやはり本作の魅力であることを再確認する流れでもありました。

尾坂辺耕三 11秒の演出に何を込めた?

そんな本作、色々と事件の全貌は明らかになったものの、尾坂辺耕三なる人物が、何を思って映像の改変を行ったのか、そして、依頼者である『士倉依織』の語った「映像がなければこの仕事をしていなかったのか」、という言葉の意味が、最後に謎として残ったように思えました。

まず、尾坂辺耕三が事件の全貌は隠しつつも、それでもなお11秒の映像で真犯人にだけはわかるよう情報を残した点について考えてみる。11秒の映像の編集は、娘を思う母の気持ちに共感したというのが一番の理由なのかなという気がする。彼は、この件を行った後、自らのこの映像の編集を隠蔽であると語っており、事件の真実に気づいてしまったが故に、この件を隠そうとしていたことがわかる。

しかし、そうだとするなら、尾坂辺耕三はなぜ犯人にだけわかる形で、真実を突き付けたのか、という点が疑問として残る。事件を隠すつもりなら、そんな編集はする必要がない。このあたりは、穴雨さんも作中で指摘しており、どういう人物なのか、わからなくなってきた、と語っていました。

それに対する私の答えは、尾坂辺耕三の持つ映像に関わるものとしてのプライド、真実を描かなければいけない思いがあったが故というもの。この事件の真実は世間に公表することはできない、しかし、真実を隠すことも自らの映像に関わる矜持が許さない。そんな葛藤があったが故に、例え犯人以外の視聴者には、理解されることがないとしても、確かな答えをその映像の中に残そうとしたのではないでしょうか。この映像で隠ぺいを行ってしまったが故に、映像に関わる仕事を辞めるほどの映像作家としての誇りを持っていた彼であれば、それぐらいの想いは持っていてもおかしくはないように思えます。

この仕事をしていなかったと思います。という言葉の意味?

次に、本作のオチにも関わった、なぜ依頼者である士倉依織は、この番組を見なければこの仕事をしていなかったと思います、という疑問について触れてみる。

今回のラスト、土倉さんは雨穴さんの答えに不満を持っていたことが栗原さんの言葉から伺えましたが、そうなると、ここまでの全ての事情を察していたことになる。そうなると、彼女が雨穴さんに求めたのは、事件の全貌ではなく、尾坂辺耕三さんが、どのような意図で謎の11秒の演出を差し込んだのか、に対する答えだったのではないか。

この方向で考えてみると、彼女が映像の道に進んだ理由についても、少し推測ができる気がする。あの番組を見た彼女は自らの部屋が意味深に写されるシーンを見て、自分が犯人であると知っていると突きつけられる想いがしていたはず。そうなれば、なぜ真実は明かさないくせに、自分にだけわかる形で罪を突き付けるようなことをしたのだろうか、という疑問が彼女の中に浮かんでもおかしくはない。

つまり、彼女が今の仕事を選んだのは、自らも同じ立ち位置になれば、尾坂辺耕三の真意を理解するためことができると考えたが故だったのではないか。彼女の硬派な映像づくりの姿勢も、尾坂辺耕三と同じ仕事への向き合い方を選ぼうとしたが故。

土倉さんは、映像の世界を去ると語った際にヒッチコックの「観客は語り手に感情移入する。たとえその人物が罪を犯しても、その人物の立場に立ってしまう」という言葉を残していました。

もしかすると、この語り手というのは、隠蔽という映像に関わるものとしての罪を犯した尾坂辺耕三を指しているのではないか、という気もする。彼女は、自らも映像に関わる仕事をこなす中で、なぜあの時尾坂辺耕三はあんなことをしたのかと考え、ついにその気持ちを理解してしまった。

そして、尾坂辺耕三に感情移入してしまった彼女は、これまでのように公平に映像を作ることが自らにはできないと理解してしまう。それは、自ら目指してきた映像に関わるものとしては、許すことができない行為。尾坂辺耕三と同じ、映像作家としてのプライドが彼女の中にもあるが故に、映像作家を辞めるという選択を取ったともとることができそうです。

ここまで、色々と考えてみましたが、実際のところ作中人物たちの発言・行動はどのような意図を持ったものなのかは、あえてはっきりとはしないものとして描いているように思えました。作品の大枠を作る謎自体ははっきりと終わらせた本作ですが、その上で最後に登場人物達の考え、という点が最大の謎として残るのが面白い作品でした。

※この記事の画像は、報道番組に映った、謎の11秒の映像より引用しております。

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又三郎

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