ハスの実を食べるとなぜ記憶が消える?
映画『オデュッセイア』では、オデュッセウスが海の女神(ニンフ)のカリュプソにより与えられたハスの実を食べることで記憶を失ってしまったことで、帰還が遅れる描写があります。
ハスの実を食べるとなぜ、記憶が消えるのか、という点を疑問に思い、原典であるホメロスの『オデュッセイア』を調べてみたのですが、原典では映画のようにカリュプソからハスの実は与えられてはおらず、そもそも「ハスの実を食べると記憶そのものが消える」という設定もないようです。
この記事では、そもそもハスの実と記憶に関わるお話、はどこから出てきたのかという点を調べてみました。
原典では「記憶を消す」ではない
『オデュッセイア』第9巻には、オデュッセウス一行が「ロートパゴス」と呼ばれる人々の暮らす土地へ漂着する場面があります。
そこで部下たちがハスの実を食べると、彼らは故郷へ帰ることを望まなくなってしまいます。しかし、オデュッセウスは、ハスを食べた部下たちをそのままにしておくことができず、船へ連れ戻します。
一方、今回の映画では、このハスの実の影響が原典とは異なる形で描かれています。
映画では、ハスを食べることで過去の記憶そのものを失っていくような設定として描写されており、原典の「故郷へ帰る意思を失う」という部分から、より分かりやすい「記憶喪失」へとアレンジされています。
とはいえ、映画でのハスの実による記憶を失う設定は、完全に原典から離れているわけではなく、ハスの実を食べた者たちは、旅の目的や故郷への帰還を忘却してしまったかのような状態になります。
映画版は、この「忘却」という部分をさらに強調して、記憶そのものを失う設定へと置き換えたと見ることができそうです。
映画での変更の理由は?
このハスの実と忘却の関係は、映画という限られた時間の中で「ハスの実を食べると何が起きるのか」を観客に分かりやすく伝えるための改変というのがありそうです。
また、ハスの実を与えていたカリュプソについても、原典ではそのようなことは行っていません。
原典のカリュプソは、オデュッセウスを自分の島に引き留め、その結果、オデュッセウスはカリュプソのもとに長期間とどまることになりますが、ハスの実を食べて記憶を失っていたから7年間帰れなかった、という設定ではありません。
映画では、この「カリュプソのもとに長期間とどまった」という原典の要素と、「蓮によって忘却する」という別のエピソードを組み合わせることで、オデュッセウスが故郷イタケーに残している家族のもとへ帰還できなかった理由の一つとして描いた、と考えることができます。
ただし、これはあくまで映画の描写から考えられる推測であり、制作側が明確に説明した理由ではない点はご注意ください。
おまけ:本当にハスの実だったのか?
ちなみに、『オデュッセイア』に登場する「蓮」が、現代でいうハス(Nelumbo nucifera)の実を指しているのかについても、実ははっきりしていません。
ロートパゴスの「蓮」が具体的にどの植物だったのかについては、ナツメ類など別の植物を指しているという説を含め、複数の説があるようです。




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