2026年11月3日に公開された2026年版の映画『ゴジラ-0.0』の感想記事です。
この記事には本作のネタバレも含みますので注意してください。
ゴジラ-0.0 感想
2023年に公開された映画『ゴジラ-1.0』の続編となる本作、前作から2年が経過し復興の気配を見せ始めた東京に、新たな怪獣ギドラと、復活したゴジラの脅威が迫るといった内容の作品。
本作のラストは、希望に満ちた出発といった雰囲気こそあるものの、前作のちょっと強引ながらもハッピーエンドにつなげたものと比べると、かなりビター寄りというのが正直なところで、少し好みが分かれそうな気もしました。
怪獣パートの迫力
今回は、ゴジラの登場もありましたが、あくまでキングギドラとの終盤の決戦が主な活躍となっており、映画中で特に大暴れしていたのはキングギドラだったように思えます。
最初のギドラ形態での、戦闘機とのドッグファイトはギドラだからできる迫力のある空中戦となっている。撃墜された二人は、一時は助かったかと思いきや、容赦のないギドラの攻撃で死んでいくというのもなかなかえげつない。人間側からすれば、戦闘機を失った時点でかなり絶望的な状況ですが、そこからさらに追い打ちをかけてくるギドラの姿は、怪獣の恐ろしさを描く材料になっていたようでした。
また、雷を受けてからキングギドラに進化していく流れは、首が生えていく異質さ、その体表が割れ、下から見慣れた金色が出てくる流れはなかなかインパクトがありました。最初のギドラ形態から、よりおなじみのキングギドラへと変化していく過程を映像で見せてくれるのも面白かったです。
キングギドラに進化してからの、電気の力で物体を宙に浮かせる攻撃なんかは、映像そのものの迫力、空に浮かべられ突き落とされるしかない人々の描写の絶望感も凄い。
ただ、そこから大阪を含む各地を荒らしていたようですが、そのあたりは言葉で語られただけで、実際にどのように暴れていたのか見れなかったのが少し残念。折角ならキングギドラの姿で町を破壊しつくす大暴れをもっと見てみたかったです。
そんなキングギドラですが、戦いの中でゴジラを捕食したことでゴジラの持つ光線すらもその体に取り込み進化していく場面はおっ!となるものでした。とはいえ、自ら放出するビームの威力に耐えられなかったのか、はたまた、先にゴジラに撃たれてしまったからなのか、三つの首がそれぞれ逸れた方向に向けられてしまい、その姿での大きな活躍はなかったのは少し残念でした。
また、本作の怪獣の鳴き声は、映画館だからこそ味わえる爆音で、すさまじい迫力。個人的には映画でもあまり大きな音は好きではないのですが、こればかりは怪獣の勢いを感じさせるために必要と納得してしまうものでした。画面の中で怪獣が暴れているだけでなく、その咆哮や足音まで体に響いてくることで、怪獣の巨大さをより実感できるのは劇場で見る映画ならではの魅力だと思います。
怪獣映画という事で、一番期待して見ていた怪獣の大暴れっぷりは満足のいくもの。その圧倒的な力を前にすると、人間はただ逃げ惑うしかなく、そもそも逃げることすら絶望的。人々が逃げ惑う中大暴れする怪獣の場面はとても楽しめる内容となっていました。
敷島一家のドラマはそこまで好みではなかった
そんな本作ですが、話の一つの軸となっていた主人公である敷島周りのドラマについては、あまり好みではありませんでした。
ギドラとの初戦である鳴雷作戦時のメンバーなんかは、敷島との交流を描いていたりと、ドラマがありそうだった割に単に撃墜されて終わり、その後はとくに思い返されることすらないという扱いだったのが寂しいところ。
作戦に参加した仲間たちとの関係性がもう少し掘り下げられていれば、彼らが命を落とす場面にも違った重みが生まれたように思えますし、せっかく敷島と関わりを持たせていたのですから、その後の展開にも何らかの形で影響を残してほしかった気がしました。
また、敷島一家のパートは、前作を見た際にも感じたのですが、怪獣作品のドラマとしては少し湿っぽすぎるようにも思える。娘である明子が涙を流してなく演技はなかなか心に来るシーンではあるのですが、あまりにもその演技が強すぎて気持ちがむしろ居た堪れなさの方が残ってしまう場面でした。
そんな本作ですが、個人的に敷島周りの人間関係の中で印象に残ったのは、敷島の隣に住んでいた太田さんでした。
前作の冒頭では一人生きて帰ってきた敷島になかなか厳しい言葉を向けていたのが印象に残っていた彼女ですが、本作の彼女を見ているとあの時との違いを感じてしまう。
あの時の彼女も、戦争ですべてを失った後だったわけで、それだけ余裕がなかったのだなと感じさせ、二人を散々お人好しだと言っていても、彼女は彼女で本作では孤児院の運営をしており、前作でも明子に見せていた優しさをより大勢の子供に振りまいているというのがわかるのがよかったです。
野田健治周りのドラマはよい感じ
ドラマという面で見ると、前作から敷島と深い関係にあった野田の死はなかなか衝撃的でした。
巨大怪獣の対策を生き生きと提案していた彼の死は、終盤の大きな山場となっており、本作でも屈指のメインキャラクターという事でその死はなかなか衝撃的。前作から続く彼の存在感を考えると、最後まで生き残ってほしかったという気持ちもあります。
しかし、今回の映画の話を見ているとある意味で、彼自身が囚われていた過去から抜け出す上での死という面もあったようにも思えました。
本作では前作ではあまり大きく触れられなかった、野田が特攻機の開発に携わった点に焦点が当てられており、彼自身もそんな過去に苦しんでいたことがわかる。
そして、野田の言葉は、アメリカへの復讐に囚われゴジラを破壊兵器にしようとしていた、村上の気持ちを変えるという大きな役割を果たせていたのもよい感じ。
敷島典子をゴジラを呼び出す兵器として利用するのはこれきりという約束、彼はそれを果たすためにできる限りのことをやっていたことがわかる。それ自体が、彼が大勢の命を投げ捨てる兵器を作り出した後悔へのアンサーといった感じがしました。
本作では、彼自身は命を落としてしまいましたが、その想いは村上にも届き、さらに敷島たちにも受け継がれていく。単に主要人物が退場するというだけでなく、彼がこれまで抱えていた過去や後悔に一つの決着をつける展開として、かなり印象に残る良い死にざまでした。
次回作がありそうなラスト
アメリカの監視下に置かれた村上は、野田の言葉もあり一度はその復讐心を抑えゴジラの兵器利用の道を閉ざそうとしたものの、兵器に転用しようとするアメリカの姿勢を見たことで、再び彼の心の復讐の火が灯ってしまったようにも見えました。
また、敷島一家も典子のゴジラの遺伝子故に逃げる道を選びましたが、根っこのお人好しさを考えると、再びゴジラや他の怪獣の襲撃があった際には、隠れているなんて選択肢を取れるとは思えない。
更に本作でキングギドラを撃退したゴジラも、体の傷をいやすためか海に帰りはしたものの、まだまだ健在ということもあり、ゴジラ-0.0の続編を作ろうと思えば作りやすい下地は色々と敷かれているようにも思えるラストでした。
ゴジラ-0.0 感想まとめ
前作から続く物語としては一つの区切りを迎えたようにも見えた本作ですが、登場人物たちの抱える問題やゴジラの存在を考えると、まだまだ物語を広げられそうな余地があり、前作と比べると続編ありきなビターエンド感がちょっとありました。
とはいえ、怪獣同士の戦いという点では十分に満足できる作品でしたし、野田健治を中心としたドラマにも見応えがありました。一方で、敷島一家の物語や結末については少し好みが分かれる部分もあり、前作とはまた違った後味の作品となっていました。


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