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映画 オデュッセイア 感想・考察 幻の女性とアテナの関係?【The Odyssey】

感想
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2026年9月11日に公開された映画『オデュッセイア』の感想記事です。

この記事には本作のネタバレも含みますので注意してください。

オデュッセイア 感想・考察

神々の世界での物語

本作は、トロイの木馬で知られるトロイア戦争を終えたオデュッセウスが帰還するまでの旅路を語ったたホメーロスの作品の映画化した作品。

本作を見ていて感じたのは、この世界では人は神々の存在の前ではちっぽけな存在ということ。オデュッセウスが帰りの旅で辿り着く島々には、様々な怪物が待ち受けていましたが、海の神ポセイドンの息子であるサイクロプスの瞳を焼いたことで、海の神の怒りを買いその航路はどんどんと過酷なものへと導かれてしまう。

魔女キルケー、セイレーン、スキュラなど、困難に出会う度に部下を失っていくオデュッセウス。しかし、本当に怖いのは姿を持つ怪物ではなく、そこに導かれる理由となった神々の怒りそのもの。

神々は直接姿を見せることはない。しかし、それでも、荒れた海、落ちる落雷でオデュッセウスを追い詰めていく。落雷の中海を渡るシーンなんかは、激しい点滅があるという注意がされるほどの映像と激しい音響が際立ち、神々の怒りの恐ろしさを確かに感じさせるものでした。

まだ逃げ場のある陸地の怪物たちと違い、海そのものが脅威となる海の神ポセイドンの怒りの恐ろしさ。それを確かに感じさせる描写でした。

オデュッセウスが見た幻の少女の意味

作中、度々オデュッセウスが見ていた、幻の少女もなかなか印象的な存在でした。ハスの実を食べたことで過去の事を忘れ曖昧な記憶となったオデュッセウスが度々見ていた幻の少女。

見方によっては、彼がずっと胸に携えていたペンダントの神アテナを連想させるもの。神が実在するこの世界において、オデュッセウスの側にずっと寄り添い続け彼の道を示そうとしているという風にも思えていました。

しかし、終盤に描かれたトロイア戦争で起きた虐殺の回想にて、もはや戦争ではなく虐殺となってしまったその争いに対して抱いていた、オデュッセウス後悔の念が彼に見せていた幻覚であったことが示唆される。

トロイアを破壊する兵士たちの中で、目の前で首を落とされた少女をアテナに重ね、自らが行った神に対する裏切りともいえる行為への後悔、そしてそのことを忘れてはいけないという想いが、幻の女性としてオデュッセウスの前に現れていたという事なのかもしれません。

本作ではトロイアの戦いを生きのびたオデュッセウスの部下たちは皆死に、オデュッセウスだけが国へ戻るというラストを迎えるに至りました。ここで彼だけが生きのびることができたのも、彼の中に神に対する裏切りと、罪の意識がしっかりとあったから、神を信じる心が確かにあったからなのではないでしょうか。

トロイアでの戦いは、ある意味で人同士の戦のルールと、神殿を壊すという神への背信を、共に行ったもの。神が確かに存在する世界で、そんな行いをしてしまった人たちに対する罰こそがオデュッセウス達に課された試練。戦いの後の宴の中、自分の行いに後悔の念を感じ、死んでいった部下たちを弔う気持ちを最後まで持ったオデュッセウスだからこそ、最後に神に許され故郷へ帰ることができたという事なのかもしれません。

海から来る暗黒の時代とトロイの木馬の罪

そんな本作では、オデュッセウスの故郷であるイタケに海から迫る脅威、暗黒の時代という存在が度々語られていました。

それに立ち向かうために王が必要でありオデュッセウスの帰還を皆が願っていましたが、海から来る暗黒とは、オデュッセウス自身であると語られる。それは、トロイア戦争でトロイの木馬の策略から巻き起こった虐殺の噂が尾ひれをつけて伝わったというのが一つの答えなのかも。

キルケーが語った、兵士たちが人間ではなくその性根は豚と変わらないという言葉も、ひたすらに、戦争という枠組みの中で行われる残虐な行為を否定するが故のもの。逆に、オデュッセウスに対しては少し信じるような言葉を向けていたのも、彼の中にあるトロイアでの後悔を感じ取っていたが故という事なのかもしれません。

さらに、もう一つの解釈としては、戦争という非道な行為の中にあったルールを破る戦いをしてしまったという面もある。勝利したと思った相手に奪わせたトロイの木馬からの不意打ち、そして、10年間も攻めあぐねたが故の兵士たちの怒り、それをぶつけられたトロイアの悲惨な末路は、人々が神を蔑ろにしはじめた兆候にも思える。

トロイアで起きた出来事は、それまでの戦いを変えるだけでなく、神々への敬意すら失わせていくもの。神からは見放され、ルールもないひたすらな殺し合いが許される戦いこそが、本当の意味での海から来る暗黒の時代を表しているようにも見えました。

オデュッセウスが罪を償うような旅の果て、戻ったイタケで行われていたのも、ゼウスの掟を悪用するようなかつての家臣たちのふるまい。王がいないから次の王を立てなければならないというのは間違いではないものの、そういった行動そのものは本来のゼウスの掟が定められた理由を忘れ、神々への敬意が損なわれているが故に起きたと取ることもできる。

本作で登場した怪物たちは、圧倒的な脅威としてオデュッセウスと仲間たちの前に現れ、それに抗う事などできない強大さをはっきりと示している。神々への敬意があったからこそ成り立っていた人の世界、それを忘れ好きに振る舞うことの愚かさを示しているようでした。

ペーネローペーとの再会

本作のラストでは、国に戻ったオデュッセウスと妻であるペーネロペーへの求婚者たちとの戦いで幕を引くことになる。ペーネロペーとの再会への流れでは、かつて、正々堂々とした狩りを行った代償に猪から受けた足の傷からその正体に気付いたり、自らの大弓でいくつもの斧の間を通して的を撃ち抜くなど、序盤の描写が拾われていき、クライマックスが近づいていることを感じさせてきました。

かつて兵役から逃れさせたことでオデュッセウスが救ったエウリュマコス。しかし、その後の彼の行いはオデュッセウスに対する裏切りとしかいいようがないもの。

トロイアから続いた戦いの犠牲を忘れず、神々への敬意を改めてその胸に宿したオデュッセウス。彼の最後の断罪に向けた戦いは、物語を締めくくるのにふさわしい物でした。

オデュッセイア 感想

4.5

お話そのものはシンプルな英雄の冒険譚となっており、そこまで特徴的なものではないものの、音や映像で描かれる迫力が素晴らしく、つい見入ってしまう作品となっていました。特に海を渡るシーンでは、荒れ狂う波と降り注ぐ落雷の光・音が抗う事ができない恐ろしさを確かに感じさせてきました。3時間近い長丁場の映画でしたが、その映像の勢いに押されてかいつの間にやら時間が流れる良い体験をすることができました。

そんな本作の映像の舞台裏に迫る製作現場についてまとめた本なども出ているようです。あの激しい映像が、果たしてどうやって作られたのかなかなか気になりますね。

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又三郎

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