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ネッドの記憶は戻った?なぜ? スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ 感想・考察【映画スパイダーマンBND】

感想
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2026年7月31日に公開された監督デスティン・ダニエル・クレットンによる、映画『スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ』の感想記事です。

この記事には本作のネタバレも含みますので注意してください。

スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ 感想

スパイダーマンの新たな始まり

本作での戦いは、アベンジャーズの流れから続く壮大なものではなく、作中ブラックウィドウから度々言われていた『小さなポテト』というほどではないにせよ、それなりに小さめの事件。しかし、ノー・ウェイホームで起こしてしまった事件の責任を背負い、一人孤独に戦う道を選んできたピーター・パーカーが新たな一歩を踏み出すお話。

登場するヴィランも、ダメージコントロールの局長だったり、人を操るジーン・グレイだったりと、敵としてみると能力こそ強力でも明確に凶悪な敵がいたというわけではなく、規模としては少し小さめな印象を受けるものではありました。

しかし、ピーターとジーンとの間の、『力を持ってしまい、それゆえに大切な人を失ってしまった』という共通点に焦点を当てることで、ピーターの今の孤独に焦点を当て、そこから一歩踏み出すきっかけを与えるお話につなげることができていたと思います。

ホーム・カミングから続くお話としてみると、MIT入学前で終わったノー・ウェイホームからは一気に時間が進行。ノー・ウェイホームのラストで皆の記憶から消えたピーターは、メイおばさんを死なせてしまい、あらゆる世界の敵を呼び込みかけてしまった責任から、一人でスパイダーマンとして街の平和を守り続けていたようで、主要な犯罪組織撲滅とまさにNYを守るヒーローへと成長。MIT入学から、卒業までの期間が流れて、約4年ほど一人で戦い続け、その間にスコーピオンやヤミノテとの戦いがパラパラと流されていき、ブランド・ニューデイでのお話へと繋がっていく。

時間が大きく流れ、一度名前を忘れ去られたこともあり、ピーター周りの人間関係も大きく変化。パニッシャーことフランクとは、何やら4年間の中で借りがあったらしく、警察の女性とも電話番号を教える仲と、ピーター・パーカーとしてではなく、スパイダーマンとしての知り合いがたくさん増え、舞台を一新した新たなストーリーの始まりを感じさせるものでもありました。

大人になったピーター

そんな本作、序盤の展開で思ったのは、ピーター・パーカーが大人になったな、というもの。

ホーム・カミングからの3作での、彼の印象はスパイダーマンとしての力こそ持っているもの、どうにもお気楽さがぬぐえない、毎回自らトラブルを起こしたり失敗も多い。確かに優しい人物で、一般人・ヴィランに関わらず、常に人を助けようとする姿勢は実にスーパーヒーローらしいものではありましたが、自らの選択から新たな大きな問題を生んでしまい、その解決には周りの助けを借りていた、という印象が強めでした。

しかし、そこから4年、一人で戦い続けた彼の姿は、いつのまにやら立派なヒーロー。かつては、街の人からも賛否両論といった感じで、ストレンジの件もあり、非難の声も多かったNYの人々は、すっかりスパイダーマンを受け入れている。

そして、今回のピーター・パーカーは、かつての彼と異なり、力の暴走など仕方ない場面を除いて、自らの行動で問題を起こしておらず、彼のこの4年間での成長が伺える。

そんなスパイダーマンの愛されっぷりは、終盤にも生かされており、入院したスパイダーマンの元にお見舞いの絵がたくさん届いていたり、皆が彼の無事を外で祈る場面がが描かれる。

ノー・ウェイホームでの世間から厳しい目が向けられていた時期と比較するとまさに天と地ほどの差がある描写。しかし、当時つらかっただろう彼がこれも一人で孤独に戦い続けてきた4年間の間に積み重ね、ニューヨークの愛されるヒーローとして積み上げてきたものが報われたんだな、と少しジーンとなってしまう。

まだ未熟だった期間を長く描かれたピーターだからこそ、ヒーローとして街で愛されている彼の姿が、何とも心に響く展開となっていました。

新たな力の覚醒

そんな本作、予告でも描かれていた通り、スパイダーマンとしての新たな力の覚醒が描かれることになる。4年間の孤独と、MJに思い出してもらえなかったというストレスは、これまで以上に蜘蛛の要素が強く表に出てしまいスパイダーマンとしての暴走のきっかけとなってしまう。過敏な感覚に振り回されたり、生身で糸を扱えるようになったりと、その体の変化に振り回される場面も多かったピーター。

世界から忘れ去られたことで、自らの存在すらも消してスパイダーマンになるという苦しみを、その体の変化を通じて感じさせるような展開でした。

しかし、そんな本作、彼が最後に選んだのは、スパイダーマンであり、ピーター・パーカーであるという、どちらの自分も捨てないという選択。過去作で描かれた、ピーター・パーカーとしての彼、そして、そこからの4年間のスパイダーマンとしての彼。その二つをどちらも捨てることなく自分であると認め、敵対する相手ですら守ろうとする優しさ、新たな蜘蛛としての強さを兼ね備えたスパイダーマンとなる。

戦いの中吹っ飛んだヤミノテの一人がパイプに突き刺さりそうになるところを助ける流れは、蜘蛛の力に振り回されず、敵すらも助けようとするピーターとしての優しさがそこにあることを感じられる良いシーン。

その優しさが仇になると言われ続けてきた彼ですが、それでもその優しさを貫き通すというのが彼の魅力。昔は、その優しさに振り回されてしまっていた彼ですが、この4年間の頑張りと、新たな蜘蛛の力は、そんな彼自身の選択を貫き通す力にもなったという事なのかもしれません。

ラストシーン ネッドの記憶は戻った?なぜ?

本作のピーターは非常に大人びた人物に成長していましたが、ネッドやMJと共に過ごす、かつてのように一緒にレゴを作るシーンでは、昔の彼を思い出す朗らかさ、柔らかさを感じさせる。孤独に戦ってきた4年間で、孤独に身をやつしていた彼がどれだけすさんでいたのかがわかる。

しかし、今回のエピソードでネッドやMJ、フランク達との関係や、自分と似たジーンとの交流を通じて、再びピーターとしての自分を取り戻し周りとの交友を紡いでいこうという一歩を踏み出すことにある。ラストの皆との交流では、4年間のスパイダーマンとして関わってきた警察の女性や、フランクとの壁も取り払われたのがわかるのが良い感じ。

そんな本作、結局MJの記憶は戻らず、かつてのように恋人に戻るというお話はありませんでした。しかし、気になったのは、本作のラスト、ピーターが偶然出会ったネッドに話しかけハンドシェイクを繰り返した後に、ネッドが『ピーター?』と何かに気付くような声を上げたシーンでした。

事前にスパイダーマンがピーターという名前であることはMJの言葉で伝わっていましたので、目の前にいるピーターと名乗った人物がスパイダーマンの正体に気付いた、という風にも取れるシーン。しかし、その前の昔のような自然なハンドシェイクの流れから何かを思い出すよう流れを見ていると、ネッドの記憶だけは戻った、と捉えることもできそうです。

前作でネッドがストレンジのゲートの指輪の力をあっさりと使えていた、つまり魔術の素養があったという可能性を考慮すると、同じく魔術の産物である記憶を消す魔術に対しても耐性があり、彼の記憶が戻ったと解釈することもできそうです。

結局、どちらが正しいのかは、はっきりとはしませんが、あそこの自然な手の動きや、ピーターの気持ちを考えると、本シリーズで一番付き合いの長いネッドだけは記憶が戻っていてくれないかな、と思ってしまいます。

そんなネッドは、どちらにしてもスパイダーマンの正体に気付いたのは事実。もしかすると、今後の彼はホームカミングでなりたいと語っていた『椅子の男』に、本当の意味でなるなんてこともあるのかもしれませんね。

スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ 感想まとめ

映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』は、孤独な4年間を乗り越えたピーター・パーカーが、ヒーローとしても人間としても大きく成長し、新たな一歩を踏み出す姿を描いた作品です。

過酷な試練や体の変化に葛藤しながらも、「誰しもを守りたい」という優しさを貫く彼の成長と、ニューヨークに愛されるヒーローとなった姿には深く胸を打たれました。

記憶を巡る切なさやラストのネッドとの余韻も含め、これまでの歩みが確かに報われ、今後のピーターのさらなる活躍と新たな作品を期待してしまいますね。

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又三郎

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