さよならララ
2026年夏アニメ『さよならララ』の12話最終回『さよならララ』の感想・考察記事です。
アニメの内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。
さよならララ
ララの中にもあった憎しみ
茉里がグレイスの過去を知り、ララへの気持ちを再確認した前回のお話。いよいよ、最終回となった今回は、さよならララのタイトルの意味が語られるお話となりました。
前回のラスト、ローワンが行ったのはララの体に残っていた人になる薬の効果を消すというもの。ララは人間の足を失い再び人魚の体を取り戻すことにある。
そんなララに伝えられたのは、ローワンや姉たちの人間に対する憎しみの声。そして、その言葉はララの中にもあり蓋をして意識を向けようとしなかった人間に対する憎しみの気持ちを再び直視するきっかけにもなったようです。
かつて王子に向けられた醜いという言葉と、殺されかけたことから生まれた憎しみ。その時は、王子を思う心故になんとかララは抑え込めたとはいえ、それでも一度はナイフが王子を狙ったことこそが、人に対する憎しみの気持ちがあったことの証明ともいえるのかもしれません。
見ないふりをしていた憎しみ、長い眠りの中で積み重なったその想いの大きさこそが空に浮かぶ巨大なナイフ。そして、その事実を再び直視したララは、茉里への愛情と同時に人に対する憎しみを同時に抱えたまま、再び会ってしまえば茉里を害してしまう事を恐れていたように見えました。
リサの中にあった憎しみ
今回の話で印象に残ったのは、茉里こそがララのほんとうの愛を向けられる人なのだと直感したリサが、ララの元へ行こうとした茉里に対して死ぬかもしれない、という忠告を告げたシーンでした。
人魚の立場であるリサからすれば、茉里には何も言わずララを向かわせてしまうのが正解だったはず。それでもなお、茉里が足を止めるような言葉をかけたのは、リサの中にもコータとの間に愛があったが故に、ララの気持ちに理解でき悲しませるようなことをさせたくなかったが故という事なのかも。
ただ、それ以外にもリサの中にも、これまで長い間人間の社会の中で暮らしてきた中でそのすべてが本当に憎むべき相手なのか疑う気持ち、僅かでも人を愛する想いがあったのではないかとも思える
思い出すのは、リサの過去、人魚になる薬を作るために生涯を捧げた博士の墓を参っていた事実。リサの場合は人間との出会いが最悪だったが故に、人に向ける愛を簡単に認めることはできなかったものの、それでも長く付き合った人間の死い向き合う中で、残っていたのが憎しみだけだったとは思えない描写でした。
リサが、茉里を止めたのは、ララを思ってのことかもしれない。しかし、やはりその中には人を滅ぼしたくないという気持ちが確かにあったのではないでしょうか。
人に対する愛情と憎しみという点で話を見ると、ララが人間への憎しみから目を背けていたのに対して、リサは人間への愛情を見ないふりをしていた、という対比になっていたなんてこともあるのかもしれません。
これから蘇るローワンや姉たちは、かつてのまま人への憎しみを胸に抱えたまま蘇ることになる。しかし、リサが人との付き合いの中で愛することができたとするなら、きっとローワンたちにも愛すべき人ができる、という希望を示唆しているようにも思えました。
ララを飲み込んだナイフの意味
ララの元へ向かった茉里は、ララと再会を果たすも、ララの想いを受けたナイフは茉里の命を奪ってしまう。これはきっと、ララの中にもあった人への憎しみと表裏一体である愛情、その高ぶりがナイフを動かしてしまったのかもしれません。
しかし、茉里を殺して奪った光をララは否定し、その結果ナイフはララそのものを飲み込む。ナイフが自らを否定したララを攻撃してしまったように見えましたが、これまで語られた通りナイフがララの心の願う通りに動いていると考えるなら、自らが奪ってしまった茉里の光を取り戻させるためにララを飲み込んだというのが正しいのかも。
ナイフの中で自らの体を削り取られる痛みは、茉里を刺してしまったことに対する罪滅ぼしとも取れ、自らも同じ死に向かう苦しみを経たことで初めて、茉里の心の光を取り戻すことができたと考えられます。
茉里を救うべく自らの身を削るララが語ったのは、ほんとうの愛などどうでもよい、茉里との日常こそを自らが望むというもの。その選択は、茉里の命を救い、同時にリサの言うこれまでとは違う光を人魚たちにもたらしたようです。
ルカとの話を思い出すと、ほんとうの愛という言葉と重責に囚われているララでは、ほんとうの愛を見つけることができなかったように思えてしまいました。
ほんとうの愛とは、きっと利害など関係なく、ただひたすらに自らの心の赴くままに進んだ先にあるものであるはず。今回、自らの特別なプリンセスとしての重責、見つけなければならないという使命感、そのすべてを捨てて選び取った茉里との日常への想いこそが、ララが求めていたほんとうの愛だったという風に見えました。
そして、人と人魚の間に生まれたほんとうの愛こそが、限界を迎えつつあった人魚たちにとっても必要な光だった、それゆえに人魚たちの間だけで作られる光とはまた違う光が世界に生まれたということなのかもしれません。
なぜ、ララはさよならしたのか?
茉里の生きる世界を選んだのであれば、あのまま一緒に暮らして終わりでもよかったように思える本作ですが、最終回のラストシーンははララが一人暮らしを始めるために、滋賀で出会った人たちとお別れする姿が描かれることになりました。
最後の茉里との会話では、茉里の本心を聞きつつもそれでも茉里と別れることになり、言葉こそなかったものの、最後の茉里の心のうちに会った言葉こそがタイトルでもあり最終回のサブタイトルでもある『さよならララ』であったことを感じさせるものでした。
とはいえ、解釈が難しいのはなぜララが、茉里やルカ達とさよならを選び、滋賀から離れ一人暮らしを始めたのか、という点。
この点に関しては、はっきりとした答えは出せませんでしたが、ララが一人で旅立ったのは彼女の独り立ちを意味していたように思えました。
人魚のプリンセスとして縛られていた彼女は、自らの本当の足を手にして踏みだすことを選び、もっと広い世界を見てみたいという想いも新たに生まれた、なんてこともありそうです。
これまでの茉里と暮らす日常を愛したララですが、それも今までは茉里の家族たち、理解ある人たちに頼って暮らしてきたララ。しかし、自らの足で歩いてこそ、本当の意味でも茉里たちとも向き合える。自分一人で新しい世界に向き合い、その中で歩いていくことこそが、自分が選んだ世界に向き合う事を意味しているようにも思えるラストシーンでした。
ララの中にも色々と複雑な思いが動いていそうな最後のお別れ、来月には小説版も発売されるようなので、このあたりのララの心情もそちらで補足されるなんてこともあるのかもしれませんね。




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